1. と畜頭数
「と畜」(slaughter)とは家畜を屠殺し、放血、剥皮、頭部・四肢・内臓除去などをして、食肉生産に必要な形態、つまり「枝肉」(carcass)にする一連の工程を指します。 我国の業界では「屠畜」とは言わず「と畜」とするのが慣例なので、本書でも出来るだけこの表現を用います。 a) 全体のと畜動向
オーストラリアでは1978年国内消費量の増加基調および石油危機回復後の海外需要の増大等により、1,043万頭と史上最高水準を記録したものの、前述の飼養頭数の漸増、更に牛群再建意欲の後退により、1980年代以降は減少を続け、1985年には580万頭と1978年比実に44.2%の減となりました。
データソース:MLA その後は、米国・日本を主体とした輸出需要の増大にともない漸増に転じ、1991年には730万頭と最高時の約70%のレベルまで戻ることとなりました。翌1992年は約760万頭、1993年約750万頭と堅調に推移し、1995/1996年はやや減少しました。 アメリカ向け、日本向けが好調のため、1998年には800万頭の大台を越えましたが、その後はなだらかにやや減少基調となって、800万頭弱の数値をたどっています。
屠畜頭数で見ると、牛肉の生産量は1977年以来足踏みしているように見えます。しかし牛の飼養状態の改善と日本向け大型成牛の増加により、平均枝肉重量が1977年当時に比べ大幅に上昇しているので、次項に示すように全体の枝肉生産量そのものはかなり着実に増えてきているのです。次のグラフのように1970年代の成牛の平均枝肉重量は210kgs以下でしたが、今日では270kgsにまで増大してきており、なんとこの30年間で平均枝肉重量は約30%も増えているのです。 従いその結果2006-2008年には枝肉生産量は1977年時のピークに復帰することになりました。
なお日本の屠畜頭数は2002年現在約125万頭で、オーストラリアの約6分の1の頭数です。 b) 州別のと畜動向
データソース:MLA 州別にみると、1970年ではクイーンズランド州、ニューサウスウェールズ州とビクトリア州の3州で全体の約90%のと畜比率を占め、それぞれが30%弱で拮抗していました。しかしその後は海外市場の成長に比例するようにクイーンズランド州のシェアが増大し、2009年には全体の約半分の45%を同州が占めるに至りました。 次のグラフのように、オーストラリアに於ける牛の屠畜頭数はクイーンズランド州のみが大幅に伸びており、牛肉生産業の同州への集中化は年々極めて顕著となっています。
データソース:MLA 2.
枝肉生産
データソース:MLA 枝肉(carcass)とは、家畜をと畜後、放血、剥皮、頭部・四肢・内臓などの除去を行なったもので、と畜直後の「温と体枝肉(hot carcass)」と冷却した「冷と体枝肉(chilled carcass)」がありますが、ここでは前者の温と体枝肉を指します。 1980年から1989年にかけては、屠畜頭数が年間7百万頭以下で枝肉生産量は年間1.5百万トン前後でした。しかし既に述べたように、その後の枝肉の平均重量の増大は極めて安定的で、これにつれ枝肉生産量は着実に増大し、2006-2009年には1977-1978年のピークにほぼ復帰しました。 なお日本の枝肉生産量は2002年現在約33万トンですから、オーストラリアの約6分の1の数量です。 a) 州別概観
データソース:MLA 子牛を含めた枝肉生産量の州別規模は前項のと畜頭数とおおきく変わるところはありません。やはりクイーンズランド州が最大で、以下ニューサウスウェールズ州、ビクトリア州の順となっています。クイーンズランド州では1頭当たりの枝肉重量が大きい日本向けのグレインフェッド・チルドビーフ等大型のと畜が多いのに対し、ニューサウスウェールズ州とビクトリア州では枝肉重量の小さな国内向けのイーリング(yearling=当歳牛:生後1年前後の牛)やカーフ(子牛)が多い為、クイーンズランド州のシェアはと畜頭数におけるシェアよりも更に大きくなっているのが分ります。 b) 子牛肉生産
ニューサウスウェールズ州とビクトリア州が全体の8割
データソース:MLA 州別では表とグラフで明らかなように酪農の中心地であるビクトリア州とニューサウスウェールズ州がとりわけ多く、クイーンズランド州のシェアは意外なことにたったの21%となっています。これは子牛肉の需要が今のところ国内に多く、輸出用には少ないことを示しています。クイーンズランド州には小家畜用のと畜施設が極めて少なく、子牛のと畜は主に国内向けのと場で行っています。 しかもこれら上位2州がこの5年間生産数量を着実に伸ばしているのに対し、これ以外の州は伸び悩んでいます。この事はメルボルンとシドニーの2大都市を州内に持つ両州の食生活の変化によるところが大きいからだとおもわれます。今後日本の食肉消費にもこの傾向が生じ、将来クイーンズランド州の生産が増大するかもしれません。 大型ヴィールはニューサウスウェールズ州、小型はビクトリア州 なお、と畜される子牛の枝肉重量については、ビクトリア州とニューサウスウェールズ州では大きな違いが見られます。ビクトリア州では枝肉重量約30kgの「ボビー・ヴィール(bobby veal)」が大半であるのに対し、 ニューサウスウェールズ州では枝肉重量が約100kgでより大型の「スターク・ヴィール(stirk veal)」が中心です。 またビクトリア州では多くの子牛処理パッカーが存在するのに対し、ニューサウスウェールズ州では特定のパッカー(Northern Coop)がその生産のほとんどを押さえている現状があります。 全体の生産量は図のように一定の周期を描きながら、少しずつ減少しています。
データソース: 3.
食肉工場と「と畜」のシステム
a)
食肉工場の概観
後述する食肉加工の諸工程の理解の為に、あらかじめここで食肉工場(meat works)の概観を示しておきます。 図の右上から導入された生体が、と畜〜温と体枝肉〜冷と体枝肉の工程を経て、部分肉(内臓を含む冷蔵・冷凍品)又はレンダリングrenderings(副産物)に加工され、図の左上・左下にそれぞれ製品として出荷されます。それぞれの工程の詳細については後段で述べてゆきます。 これだけの工場ですから、各仕事の持ち場には色んな職種の人達が働いています。ここでは食肉の生産・加工過程に沿って、以下主な職種を紹介しましょう。
牛を購入する人 : キャトルバイヤー
Cattle Buyer
牛を管理する人 : キャトルマン Cattleman
と畜する人 : スロータラー Slaughterer、Slaughterman
ボーニング(脱骨)をする人 : ボーナー Boner
整形・小割りする人 : スライサー Slicer
カートンなどで包装する人 : パッカー Packer もちろんこれ以外にも、工場になくてはならない人達が大勢いますが、本項の紙面の都合上省きます。 オーストラリアでは1970年前迄は、2階建の形式の工場が多かったのですが、近年は1階建ての平面的なフローを描く形式が支配的になって来ました。この背景には冷蔵設備と種々の機器の技術の発展と進歩があります。 b)
と畜システム
キルフロア図の中の番号順に各工程を参照してください。 なお例として示した施設は、今日のオーストラリアのと畜方式を代表する一般的なレベルにあると想定される工場を筆者がパソコンで作図したものです。 ≪キルフロア図のと畜工程≫ @ 打額室 (stunning pen): 打額器(stunner)には薬莢式が多く, 直径1cm長さ10cm程の金属棒が射出され、前額部に陥入し、再びバネで戻る構造を持ったペネトレーティング・スタナー(penetrating stunner)が一般的です。 一方西南アジア、東南アジアなどのイスラム教徒国向けへのと畜方法は、モスレム・スローター(Moslem Slaughter)またはハラル・カット(Halal Cut)と呼ばれます。このと畜方法で使用されるスタナーは先が丸く、金属棒が突き出ずに牛の額を打撃し失神せしめるマッシュルーム(モスレム)・スタナー(mushroom or Moslem Stunner)が使用されます。つまり打額は脳震盪 (stunning)を起こすのにとどめ、この後の頚動脈の切断をイスラム教本来のと畜手段としたものです。オーストラリアでは危険防止のため、牛を檻に入れてから打額・切開放血します。 この他に火薬の代わりに圧縮空気を利用したものや、電気式のものも見られます。またstunnerとは、と畜を業務とする作業員のことも指します。 豪州では見たことはありませんが、アメリカにはユダヤ教徒向けのコーシャー・キリング(kosher killing)があります。いきなり牛を逆さまに吊り上げ、喉を一気に切開・放血する屠畜方法で、かなり危険な方法です。 A 打額室の扉が開いて牛が転がり出る場所をドライ・ランディング・ベッド(dry
landing bed)と呼び、通常ステンレス製のパイプでスノコ状に組んでいます。これは汚物の付着を防ぎ、より衛生的な枝肉を生産するためです。ここで温と体の汚物による汚染を防ぐため食道端を引っ張り出し(rod & tie weasand)、ゴム止め(weasand clipを使用)します。つぎに後肢に鎖をつけ放血レール(bleeding rail)に懸垂(shackle & hoist)し、大動脈を切開(stick)して放血します。この放血処理は肉質の保持上非常に重要なもので、不完全な放血は肉をダメにしてしまいます。なおオーストラリアでは、日本でBSEとの関連で問題となっている脳髄→脊椎への「ピッシングpithing」 (針金通し)は過去も現在も行ってはいません。 B エアーナイフ(air knife)で右後肢をモモのつけねまで剥皮(skin)し、関節切断機(hock cutter)で蹄などの先端を除去します。つぎにS字環を右後肢のアキレス腱にかけ、あらかじめ左後肢でと体全体を懸垂していた鎖を外します。 C 前記工程と同様、左後肢を剥皮し先端を除去するとともに尾の先端の毛も除去します。また腸内の内容物による汚染防止のため、直腸先端部を引き出しゴム止めし元に戻します(tie
& drop bungs)。さらに両前肢を切断・除去します。 D 両耳・両角および両目の周辺と鼻口部(muzzle)を切除します。とくに両角の除去は、後の剥皮工程(頭部も一緒に剥皮)を容易にするためです。 E 胸部切開鋸(brisket saw : 回転式鋸=circular
sawが多い)で胸骨を左右に分割します。つぎにエアーナイフで胸部の皮を背方向に一部剥ぎ上げます。 F 同様エアーナイフで背側の皮を腰部付近まで剥ぎ下ろします。 G 自動剥皮機(hide stripper/puller)で頭部も含む残りすべての剥皮をおこないます。一般的な方法である「剥ぎ下ろし方式(pull-down)」では、皮をドラムに巻き付けながら自動昇降台(shuttle station, adjustable platform)に乗った2名の作業員がエアーナイフを当てて剥ぎ下ろしてゆきます。やや旧式な「剥ぎ上げ方式(pull-up)」では、前肢を鎖で固定してトモ側(後肢方向)に剥ぎ上げる方式で、より丁寧な剥皮ができるとされますが、前肢を固定する作業員が必要なことと、頭部の剥皮が出来ないことで、最近はより省力的でスピーディーな前者の「剥ぎ下ろし方式」が主流となっています(メトロミートMetro
Meatが最初の導入パッカー)。 H 剥皮済みの頭部をナイフで切断し、頭部洗浄セクション(head flush
booth)で一頭分毎に洗浄後、P・Qの頭部専用ライン(cattle head conveyor)に懸垂し検査・処理(タン・カシラ肉の除去)します。 I 腹部の中心線に沿って腹部を切開し、内臓を摘出(evisceration)します。尾もまた切除し、Rのセクションまでステンレス製のベルトコンベヤー(viscera conveyor/table)で移送します。レバー・ハツ(心臓)・トライプ(胃袋)・テール・タン(舌)・チークミート(頬肉)などの可食部はこのセクションで選り分け、Sの内臓処理室(gut box)へ移送します。不可食部はそのままS-1のレンダリング用収集室(condemn room)にベルトコンベアーで運び細かく砕き、さらに別棟のレンダリング(rendering=副産物)工場に移送し、主にミートボーンミール(肉骨粉meat & bone meal)、タロー(tallow=牛脂)などに加熱加工します。レンダリングは肥料用に出荷されます。 I-1 コンベアの洗浄・消毒設備(conveyor sterilizer):円環式(moving-top)ベルトコンベアを熱湯で洗浄・消毒します。 I-2 長靴・エプロンの洗浄・消毒設備(boot
sterilizer):原則的に一頭毎に長靴を洗浄します。同様に動物検疫上、作業員はコンベア上の逆歩行は許されません。ここにはナイフ洗浄槽(knife sterilizer)もあり、係員は一頭処理毎に85℃以上の熱湯で消毒する義務があるのです。 J 大型の往複式鋸(reciprocating saw) で背線に沿って左右二分割します。この脊割り(splitting)で、と体は半丸枝肉となります。この際に鋸挽きによる骨クズ(bone
dust)が枝肉の切断面に付着しやすく、肉の日持ちに影響するので、通常使用される鋸には水が噴射するホースが装備されており、切断しながら洗浄する方式が多いのです。 K 気管・脂肪・「あたり(bruises)」部分その他の「標準温と体(hot standard carcass)」に不要な部分は切除(trim)し、枝肉の仕上げをします。 L 枝肉の計量および記録:最近はコンピュータ方式の自動計量・記録システムが一般的です。 M スプレー式の枝肉洗浄:枝肉の左右から水をスプレー状に噴射して洗浄。追加機器として実験的に希酢酸の洗浄機を使用しているパッカーがあります。 N P8ファット(第3仙骨部分の脂肪厚)をオズミート(AUS-MEAT)考案の測定器で計ります。 O 「標準温と体(standard hot carcass)」として仕上った枝肉をオズミートの基準に沿って判定し、性別・永久歯の本数(dentition)・P8ファット(P8 fat)・均称(muscle shape)・HSCW(標準温と体重量)・処理年月日などのデータを記載した枝肉チケット(carcass ticket)を枝肉の前ズネ(fore
shank)部分に付けます。(別項参照) P,Q 頭部処理専用ライン:前出 R 内臓選別セクション:前出 S 可食内臓処理・包装室(offal room/ gut box):前出 S‐1 不可食内臓収集室(condemn room):前出 ☆ D.P.I.(第1次産業省)の衛生(動検)検査官が内臓と食肉の両方をチェックします。(post mortem:と畜後の検査) 最後にブラストチラー(blast chiller、強制風で冷却する懸垂式冷蔵倉庫)又はカーカスチラー(carcass chiller、米国ではカーカスクーラーcarcass coolerまたはhot boxという)に搬入しカーカスの最深部が2〜5℃になるまで約20時間冷却します。と畜後の冷却は食肉の衛生上、品質上非常に重要な枝肉製造の最後の処理です。 ただしカウミートなどのホットボーニング(hot boning)の場合は、バクテリアの増殖の問題があるのでと畜直後すぐにボーニングに入ります。この時間は勿論規定で厳しく管理されています。ホットボーニングは冷却に関る時間・コスト、歩留まりの点でカウミートなどの加工原料用の生産には優れています。 以上のと畜処理工程は、米国の国内処理基準(同国の輸入先国も同様)が基本となっており、オーストラリアのほとんどの輸出認可工場では、数十年前からごく一般的な方式です。この方式を土台に各食肉工場では、ニュージーランドからの小動物処理技術、オーストラリア独自のフューチャーテック(現在中止)からの応用技術、更には現場での発想・発明などを取り入れ、それぞれの条件に合致した工夫をしています。 キルフロアの模式図 |