B.      どこで牛を飼っているか

 

1.   全国分布

 

 

オーストラリアには肉牛・乳牛(子牛含む)合わせて2千数百万頭の牛が飼養されており、少しずつ1975年頃のピークである3千万頭に復帰しつつあります。

主要飼育地域は右図のように南太平洋沿岸地域で、クイーンズランド州(約45%),ニューサウスウェールズ州(21%),ビクトリア州(14%)の3州が全飼養頭数の約80%を占めています。

 

より詳しくは、海岸線より西方に数百キロの範囲でグレート・ディバイディング・レインジ(大分水嶺)の西側を中心線として東西に分布しています。既に繰り返し説明しているように、グレート・ディバイディング・レインジはオーストラリアの農畜産業にとり、我々日本人の想像をはるかに超えた役割を(にな)っています

 

上図では牛の分布密度を表しています。だからもちろん点の無い白い部分にも密度は低いけれども、牛は分布しています。特にクイーンズランド州とニューサウスウェールズ州の内陸部の広大な土地には、密度は低いのですが実際には多くの牛が分布していることを注記しておきます。

 

インド洋側の西部海岸地域については、パース周辺が中心ですが、十分な降雨量がある地域は極度に限定される為、飼育範囲はより狭くなっています。

 

なお余談ですが、牛の群れ(=全体の頭数)のことを「cattle herd」といいます。これに対し羊の群れは「sheep flock」といいます。またこれらの英単語はそれ自体複数を表すので、複数形はありません。


 

2.   地勢的分布

 

 

上の図は、筆者のオリジナルでオーストラリア大陸東部を東西の方向に切断し、産業の立地を立体的に模式図化したものです。わたしたちが実際にオーストラリアに行った事を想像し、まず海岸線から少しずつ内陸に入って行ってみましょう。この模式図を見ながら、分類した地域A〜Eまで順番にご案内します。

 

A シドニー、あるいはブリスベーン空港に降りると、そこは南太平洋に面した東海岸に近く、都市が形成され、様々な産業が活動しています。

この中には、畜産関係では最終製品の食肉を生産するパッカーと、これを消費する都市の消費者、さらには海外へ製品を送り出す輸出産業(シッパー)が位置しています。また航空・船会社、倉庫会社などもここに立地しています。

しかし近年では海岸線の都市部のビーフパッカーも公害問題・土地の価格・労働問題等で数少なくなり、やや奥地にある肥育地域に新設される傾向が顕著となっています。


 

B ここから少し西に入ってみましょう。前に述べたように、ここは海岸線からグレート・ディバイディング・レインジ(平均標高数百メートル)の東側に至る幅200〜300Kmの帯状の地域です。この地帯は都市部に近く、降雨量も比較的多いので野菜・果樹などの近郊農業と酪農が盛んです。

 

C レインジの坂を登ってゆくと、レインジの麓・山間部では、雨量と防疫上の理由で酪農の他家畜の繁殖農家が多いのです。場所によっては、馬(Australian Stock Horse等)の繁殖を行なっている所もあります。繁殖メス牛の泌乳量のためにはある程度の降雨量が要求されます。このためグレート・ディバイディング・レインジ及びその東側では古くから繁殖業(breeding)が盛んで、隣接するその西側の広大な肥育地域に素牛を恒常的に供給するのに極めて合理的なロケーションとなっているのです。

 

D レインジから西にかけ標高はゆっくりと下がってゆき、牛の飼養・肥育が盛んになってきます。

内陸にゆくほど降雨量は確実に減少し、海岸線から500Kmを越える内陸では年間500mmを割る数字となります。また乾燥に比較的強い羊の飼養が徐々に増えてきます。

 

またここで特筆すべきことは、フィードロットは必ず降雨量の少ないグレート・ディバイディング・レインジの西側にあることです。飼養牛の衛生管理上乾燥気候が望ましい事、餌料・生体の輸送距離が短いほうが肥育コストのセーブになる事が、フィードロット経営の第1条件であるのはいう迄もありません。

しかしこのグレート・ディバイディング・レインジの西側の地帯は比較的海岸線(人口の多い地域)にも近く、都市の発展と同時に酪農・穀物栽培・近郊農業など他産業と競合してきたため、畜産業にとり更に西の奥地への進出が必要でした。

 

E 西方の奥地は雨量こそ少ないもののさらに広大で、牧羊以外他の競合産業が見当たらず、牛の粗放の絶好の条件を備えていました。この西方の奥地こそいわゆるbush country(ブッシュカントリー)と呼ばれ、畜産業のみならず羊毛産業など伝統的なオーストラリア経済を象徴するバックボーンとなっている地域です。

 

我々日本人はとかく海岸線から300400Km以内の地帯の産業に目を奪われがちで、この内陸の事を忘れています。目立たないが常に後ろからオーストラリア畜産業を支えているこの広大な後背地こそが、ビーフ・チェーン(牛肉産業全体)にも極めて重要な役割を果たしている事に、わたしたちはもっと注目すべきです。

 

またこの地域におけるダーリング川・マレー両河川の存在は我々の想像を越えて重要です。ダーリング川はクイーンズランド州南部・ニューサウスウェールズ州北部の内陸では、ヤツデの葉状に細かく分岐しており、この地域はチャネル・カントリー(Channel Country)と呼ばれています。

 

さらにマレー川中流地域のリベリナ (Riverina) はマレー川の水源を利用したオーストラリア最大の潅漑(かんがい)地帯(irrigation district)で、酪農・果樹・穀物(水田による米作を含む)の産業が盛んです。この地域には又1992年以降ロックデールRockdale、AMH、カーギルCargilなど多くの大型フィードロットが建設されています。肥育用素牛(特に英国種)と飼料穀物の供給の便が良いためです。フィードロット経営において、圧縮可能な最大のコストである輸送費をセーブできるからです。

 

このように東の海岸線から西の大陸深奥部(そこにはオーストラリア英語で「地の果て」を指す”black stump”があるかもしれません)までのビーフ産業の連鎖=「ビーフ・チェーンbeef chain」は、前図の下部のように表現できます。なおこれらは著者の全くのオリジナルですが、ほぼ間違いのない見解であると思います。

 

#文書の先頭

<ビーフ産業の研究目次>に戻る